情念の確かさを求めた帯(至凡氏きものばなし)

帯は恋する者の情念の確かさと激しさであるが、それをより確かに、より激しいものにして丈の長さに求めてきたのである。

長ければ長いほど好ましいのである。もっとも帯が今日の一丈二・三尺の長さに伸びた記録としては、享保の頃でありそれ以前の中世から古代にかけての帯の長さは定かではない。

「一重結ぶ帯を三重結い苦しきに仕へまつりて」と万葉人が詠んだところを見ると、現在より長かったかも知れない。

ついでながら、ここでいう苦しきは、長い紐を幾重にも巻いた圧迫感による苦しさではなく、情念を幾重にも巻くほどに恋する苦しさとみるべきであろう。
そして、人に対する憧れや思い、それこそが、長い歳月にわたって漂泊してきた帯の魂の本性ではあるまいか。

また、帯の圧迫感と結びの煩雑さを省くために、簡単な付け帯が考案されて久しいが、帯が長年辿ってきた歴史の背景をおもうとき、いささかの疑問を抱く。その証拠に、付け帯が従来の帯を征するには至っていない